【連載】BE COURAGEOUSを掲げし横浜ビー・コルセアーズ 第3回「コミュニケーション」山田謙治チーム編成・強化担当兼アシスタントコーチに聞く。

雑草魂で、ウィスマンHCと選手たちの架け橋に。

続く低迷期から脱却すべく変わろうとしている横浜ビー・コルセアーズ。7月1日の新シーズン始動日には、クラブ創設以来初めてとなるチームスローガン「BE COURAGEOUS(=ビーカレイジャス)」を掲げ、強い意志を表明した。では、現場では何がおこわれているのか、ビーコルはどうなっていくのか、ビーコルは強くなるのか、変革のキーマン4人、河内敏光GM、トーマス・ウィスマンHC、今季新たに就任したビーコルOB山田謙治チーム編成・強化担当兼アシスタントコーチ、植田哲也新代表取締役に話を聞き、全4回の連載で横浜ビー・コルセアーズのBリーグ4シーズン目「BE COURAGEOUS(=ビーカレイジャス)」を俯瞰する。

【画像提供/©横浜ビー・コルセアーズ】


第3回は、6月30日に現役を引退。チーム編成・強化担当兼アシスタントコーチとして帰ってきたビーコルOB山田謙治氏に話を聞いた。

横浜ビー・コルセアーズ 山田謙治編成・強化担当兼アシスタントコーチ。変革期するチームに覚悟を持って帰ってきた

ウィスマンHCと選手の架け橋になる

山田氏は、最後のチームとなった広島ドラゴンフライズで12年間の現役生活に別れを告げた。ビーコルでは、創設時からの地元出身の選手として6シーズンにわたってプレー、bjリーグ時代の2012-13シーズンにはチームの初優勝にも大きく貢献した。その“ケンジ”がビーコルに帰ってきたことは、ビーコルブースターの胸を熱くさせた。

「引退をして、かつて立ち上げにも携わった地元のビーコルに戻ってくることが出来て、うれしく思うと同時に責任を感じています。やることは山積みですが、ひとつ、ひとつクリアして、現場の選手とヘッドコーチ、フロント側との架け橋になれればと思っています」

山田氏に期待されていることのひとつがこの“架け橋”の部分だ。氏は2007-08シーズンから2010-11シーズンまでJBL時代の栃木(現・宇都宮※)でもプレーし、この時にヘッドコーチを務めていたトーマス・ウィスマンHCと闘いを共にしていた。2009-10シーズンにはウィスマンHCのもとでチームの初優勝も果たしている。昨季チームが喫した低迷はヘッドコーチと選手の相互理解、コミュニケーション不足が原因だったと前回のインタビューでウィスマンHCは話していたが、今季ウィスマンHCの考えを熟知している山田氏がチームに加わったことは大きい。※ブレックスは今季からチーム名称を「リンク栃木ブレックス」から「宇都宮ブレックス」に変更している

「トムのやりたいことは分かっているつもりです。それだけに昨シーズン、チームが振るわなかったことに、トムにもフラストレーションがあったのではないかと思う。そのヘルプを僕が出来ればと思っています」

「僕がヘッドコーチと選手の架け橋になれれば」チーム変革への山田氏の意気込みは強い

『悔いはなし』12年間の現役生活に別れ。

現役引退を決めたのは発表の間際。昨季が終了する6月最後の1週間だったそうだ。決断までにはかなりの葛藤があったという。

「6月の中旬ぐらいまではプレーしたいという想いもあったのですが、良いタイミングで(ビーコルから)話を頂きました。葛藤はあったんですけど、コーチ業は自分でもやりたいことだったので受けることにしました。(引退は)身体と心のバランスがズレたことが一番大きかったのかもしれません。身体が動けてもメンタルが付いてこないんです。昨シーズンを終えても、歯がゆい気持ちで過ごしていましたし、こんな気持でプレーをしても満足出来るシーズンを過ごせないと感じたんです」

「昨シーズン出来たのは広島のチームメイトに支えられたからです。あの中でやれたことがモチベーションになっていました。プレーをする機会頂いた広島には感謝しかありません」

現役時代の山田謙治氏。写真は2016-17シーズンのB1・B2入替戦での奮闘。対戦相手は自身最後のチームとなった広島ドラゴンフライズだった。左後方に今季から復帰するジェイソン・ウォッシュバーン。


「今回のコーチとしての横浜復帰は、本当に良いタイミングだったと思います。いろんな人にも相談しましたけど、やりたかったコーチ業をいろんなコーチのもとで勉強したほうが良いと思ったんです」

「12年間の現役生活で、リーグは違えどチャンピオンを2回獲りましたし、小中高大のカテゴリーでもいい思いをさせてもらいました。本当に周りに支えられたバスケット人生でした。やれたことと、やれなかったことはありましたけど満足していますし、悔いはありません。栃木、横浜、広島でプレーさせて頂いて、その中の一員としてやれたこと、いろんな人たちとの出会いは僕の財産です。それをビーコルで活かす時が来たと思っています」

現役生活での一番の思い出を聞くと、山田氏はこう答えた。

「それはやはり栃木とビーコルで優勝した時のことです。bj時代のビーコルでの優勝は、前評判が高くなかったにもかかわらず、僕たちはチャンピオンを獲ることが出来ました。ああいったことを、今季のチームにやってもらいたいんです」

bjリーグ時代の2012-13シーズンではビーコルの初優勝に大きく貢献した【写真提供/©横浜ビー・コルセアーズ】

 

昨季広島からビーコルを客観的に見ていた

6シーズンのビーコル生活から広島に移籍した昨季。山田氏は広島にいってからもビーコルを常にチェックしていたそうだ。昨季あった古巣の低迷を山田氏はどう見ていたのか?

「昨シーズンは、選手とヘッドコーチの関係がうまくいっていなかったのではないかと思います。広島から映像で観ていて、それがすぐに分かりました。例えば、出ている選手が頑張っているのに、ベンチが静まり返っている。その原因が何かというのは、チームにいなかったので分からないですけど、ああいった光景は本当にショックでした」

「ショック」だったというあの光景、山田氏がいた頃のビーコルとは違って見えたのだろうか。

「違って見えましたね。良い時は良いで盛り上がっていたと思うんですけど、悪い時は静まり返って見えました。負けている時に盛り上がれとは言いません。けど、コートで頑張っている選手がいるんだったら、ベンチから鼓舞してあげるだけでも全然違うものなんです。僕自身はそうやって来ました。僕がビーコルにいた時は、こういったことがチームに必要なことだと思ってチームメイトに見せて来たつもりでした。だから、あのチームの姿が寂しかったんです」

ビーコルで過ごした6シーズンで歓喜と悔しさの両方を経験した山田氏の失望は深く、発せられた言葉は重く響いた。

「3年連続で同じポジション(地区最下位・残留争い)になった。なら、何かを変えなくてはいけないと思います」

覚悟の変革

チームは今オフで、主力4選手の退団、代表取締役と会社組織の変更など様々な変革をおこなった。こういった状況で古巣に戻ってきたことを山田氏も分かっている。

「もう、言い訳は出来なくなります。同じ結果を招いてはいけないし、同じ結果にすることは出来ない。それだけの覚悟を持っていかないといけません。選手だけでなく、フロントスタッフ、現場のスタッフも含めて、チームが一緒の方向を向かないといけない。これがどこかで崩れてしまうと、ビーコルがビッグクラブに育っていきません。いきなり全部は難しいと思いますが、変えれる部分は結構あると思う。早急に出来ることはあると思っています。それをまずやっていきたい」

山田氏は、広島に行ってからも愛する古巣・ビーコルのチェックをかかさなかった。その客観的な視点がチームの変革に活かされる。

 

このチームを変える。何処から?何から?

チームが一枚岩になり切れなかった昨シーズン、失敗の原因がコミュニケーション不足ならば、ヘッドコーチと選手を繋ぐ架け橋は不可欠。山田氏はまさに打って付けの存在だ。では、このチームを何処から、何から変えていくのか。氏が言った「早急に出来ること」とは何か。

「まずは信頼関係です。信頼関係をもう一度取り戻さないといけない」

「昨シーズン、チーム全体でコミュニケーションをどれだけ取っていたのか。ヘッドコーチともだし、試合の中での外国籍選手とのコミュニケーションもそうです。上手くいっていない問題をクリアにしないで、ずっと同じことになっていると負けが続いていくんです。どんなに良いポテンシャルを持っている選手でもコミュニケーション能力が欠けているのならそれはダメだと思うし、チームに必要ありません」

「コミュニケーションは簡単なようで、難しいとは思います。けど、意思統一、俗にいうチームケミストリーが高まっていけば、おのずと信頼関係は生まれてくると思います。誰かが困っているんだったら、助けるのは仲間です。そういったことが積み重なってチームケミストリーや、信頼に繋がっていくのだと思います」

どうしても変えたいこと「チームの信頼関係」

ヘッドコーチと選手の信頼関係なくして、チームの躍進はありえない。信頼関係の再構築は、山田氏が古巣でおこなう最初のミッションになるかもしれない。

「チーム内でしっかりとコミュニケーションを取っていくことが大事です。そのために僕が選手とヘッドコーチの間に立って、上手く伝えていければと思っています。ヘッドコーチと選手が取れなかったコミュニケーションの部分を僕が変えたい。ここはどうしても変えたい部分です。変えられると思っています」

トーマス・ウィスマンHCと選手一人一人がしっかりとコミュニケーションを取り合う。これだけでも、だいぶ違ってくるだろう。山田氏は意欲を燃やす。

「その橋渡し役を僕がやる。これが僕が一番出来ることだと思っていますし、やっていきたいことです。トムの要求も多くなるだろうし、やりたいことを僕に言ってくると思います。それらを僕が理解した上で選手たちに伝えていかないといけないと思っています」

「トムのバスケットボールはチームルールがしっかりとしています。ちゃんと聞いていないと理解するのは難しいと思う。それがわからないと、迷子になる選手が出てしまいます。今シーズンはそういったことにならないように、まずはしていきたい」

かつて苦楽を共にしたウィスマンHCのことを良く知っている山田氏は、昨季の闘いで苦杯をなめた指揮官の想いも感じ取っていたという。

「トムもあの結果は絶対に受け入れられないと思う。Bリーグが始まってからの(ビーコルの)勝率が一番悪かったわけですから。僕もかつて一緒にやらせていただいたヘッドコーチなだけに、本人は絶対に嫌だと思う。もしかしたら、トムの方にも変えないといけない部分があるのかもしれませんが、僕が間に立ってトムにものびのびとやってもらいたいです」

選手たちから嫌われてもいい。言うべきことは言っていく

ウィスマンHCは闘将であるために、試合中に激昂することもしばしばあった。

「例えば試合中、選手がトムに怒られたとします。言われているときは熱くなっているから分からないけど、時間をおいてから『あの時はこうだったんだよ』っていうコミュニケーション、意見交換をどこまで取っていたかです。怒られたままではいけない。こういった信頼関係は大事ですし、プロ選手ならやらないといけないことです」

「集まった選手たちは強く言っても理解し、返してくれるプロフェッショナルだと思っています。もし、トムや僕が言って腐るようなら、それまでの選手。辞めてもらって構わない。そういった選手が一人でもいたらチームは崩れてしまいますから」

チームを変えるために、強くさせるために、山田氏はチームの鬼軍曹になるつもりだ。

「僕が、選手とトムの間に入って強く言うところは言っていこうと思っています。僕は嫌われようが好かれようが構わない。そう思っています」

今の現実を受け止める

話を続ける山田氏の言葉は時に厳しくなったが、それだけビーコルへの愛情と、良くしたいという熱意を感じた。チームから与えられたポジションは「チーム編成・強化担当兼アシスタントコーチ」というものだ。河内GMの下でチームの編成強化にも関わり、試合中はアシスタントコーチとしてベンチに座る。今回のインタビューではウィスマンHCと選手の橋渡し役の部分をフォーカスしたが、山田氏は多方面で低迷期脱却への重要な役割を担うことになる。強くなるために、そのためには意識改革も重要だという。

「これまでビーコルは最下位で、絶対的に巧いチームではない。貪欲にならないといけない。もちろん、バスケットボールを楽しんでもらいたいです。けど、プロとして結果が求められます。プロセスをしっかりとして欲しい。同じ負けるにしても、負け方があります。誰も負けようとしてやっているわけではないけど『20点差だからもう負けだ』と諦めてしまうのか、次に繋げるために少しでも差を詰めて、相手に油断をさせるようにするのか。そういった考え方、マインドを変えることで、だいぶ違ってくると思います」

今季の目標をどこに定める?

「絶対に勝たないといけない。どのチームもCS(チャンピオンシップ)を目標にやっていると思う。でも、いまの僕たちはそのレベルに到達していません。チームが大きく変わった中で、僕たちはどこを目指すのか?3年間、地区最下位で残留争いをしてしまっているポジションを回避することは最低条件であり第1目標です。これを回避してから、高いポジションへの望みが出てくる。最初が出来ていないのに、いきなりCSに飛ぶことは出来ません。でも、チームが良くなってくれば、CSというポジションも見えてくるかもしれない。まずはブースターさんに『今年は最下位から抜けられた、残留争いから抜けることが出来たね』と思ってもらい、ビーコルは変わったんだということ根付かせて、チームをB1に定着させないといけない。毎シーズン、首の皮1枚でB1を繋げていても意味がないと思う。昨シーズンは助けられたんです。今シーズンはB2のチームも、B1ライセンスを持つチームが多くなるから、昨シーズンのようにはいかなくなります」

雑草魂

チームは今季、クラブ創設以来初めてのスローガン「BE COURAGEOUS(=ビーカレイジャス)」を打ち立てた。チームの覚悟を、勇気がある、勇敢、精神的に強い、強者にも恐れず勇猛果敢に立ち向かうことを意味する「COURAGEOUS」という言葉にこめた。山田氏は、“ケンジ”らしい言葉で今季の闘いをこう表現した。

「“雑草魂”です。Bリーグになってからこれまで、僕たちはビリなんです。この現実をしっかりと受け止めて、上にあがっていくしかないんです。段階を踏んで、頑張って、“雑草魂”で、このポジションから這い上がっていくんです」

「昨シーズンから残っているメンバーが6人。これに新しいメンバーを迎えた中で、昨シーズンと同じ状況を起こさせてはいけません。チームは覚悟を持って、これだけガラッと変えて、若くしたと思います。選手が若くなったぶん、いろんなことが出来ると思う」

「チームで一番長く残っているのがタケさん(竹田 謙)で、その次が凌(田渡 凌)になってきます。タケさんはもう長くやっているけど、凌や橋本(橋本尚明)がチームを引っ張っていかないといけない選手だと思います。二人にはいろいろと伝えたいと思っています。彼らが責任を持って、しっかりとやってくれれば、下も付いてくる。トムのバスケットボールを理解することが大事です。そういったところは変えられると思う」

「年間を通して、トムのやりたいバスケットボールをチーム全員が理解して、共通の認識の中でやっていく。それで結果が出ないのなら、もっともっと努力をすれば良いだけのこと。1年間で成長していくことはチームケミストリーに繋がってくる。変えていきたいのはこういった部分です」

現役時代は冷静沈着なポイントガードだった山田氏。チーム編成・強化担当兼アシスタントコーチになった今季は厳しさを前面に押し出してビーコルを変えていく覚悟だ

 

ビーコルブースターへ

「1年ぶりにビーコルに戻ってきました。今度は選手からコーチやチームの編成に関わるポジションで立場が違いますが、これから良いチームを作れるように、B1にしっかり定着出来るチーム作りが出来るように頑張っていきますので、今シーズンも沢山の応援で選手たちを後押ししてください。特に今季は若いチームになるので、崩れることがあるかもしれない。そうなった時にビーコルブースターの後押しが必要になります。温かく見守って頂いて、チームをサポートして頂けたらと思います。応援を宜しくお願いします」

俺が来たからには強くさせる

山田氏は現役時代、ポイントガードとして冷静沈着なプレーで活躍した。チーム編成・強化担当兼アシスタントコーチになった今季は、厳しさを前面に押し出してビーコルを強いチームに変えていく。本人も『俺が来たからには強くさせる』と思っているのではないか。今回のインタビューでそれを強く感じた。

「そうさせたいです。僕にどこまで力があるのか、それは分からないですけど、僕に出来ることを最大限やっていきたい」

山田謙治の覚悟を聞いた思いだ。

次回は、新たに代表取締役社長に就任した植田哲也のインタビューをお届けする。

【取材・記事・写真/おおかめともき/ビーコル優勝写真・スローガン画像提供/©横浜ビー・コルセアーズ】

 

⬇これまでの『【連載】BE COURAGEOUSを掲げし横浜ビー・コルセアーズ』
第1回 河内敏光GMに聞く「編成」
http://b-cormagazine.com/interview/2019/07/31/kawachi
第2回 トーマス・ウィスマンHCに聞く「ビジョン」
http://b-cormagazine.com/interview/2019/08/06/wisman

 

Written by geki_ookame